こでまりの古名は「すずかけ」―その由来についてはこちらにあります。
ここでは、「手毬」について調べてみました。
●「求」
「毬」=毛+求
「求」は、獣の皮/毛皮を体にピッタリと纏う様子/手で鳥を捕まえる様子―と、いくつかの語源があります。
「裘」の訓読みに、「かわごろも」(毛皮の衣服)、「けごろも」(鳥の羽毛で作った衣服)とあるのも、原義を表していますね。
この皮衣を、もう一つの皮膚のように体にピッタリとくっ付けて着たので「身にまとう」、中心に向かって「引き締める」、そこから「求める」という意味が出てきたようです。

1本の枝を守るかの如く、ピタリと寄り添うようにフサフサの花衣がついていますね。「求」の字を彷彿とします。
●「球」
「球」=玉+求で、中心にむけて引き締めた丸い玉を表します。中にある「心」にピタリと寄り添い、守るのが球なんですね。
こちらは、“半球”ですが、まさに中心にあるものを守っている。風雨から守ってくれる和傘は、この形がヒントなんでしょうか。

●「毬」
「毬」=毛+求は、毛糸を中心に向けて巻いて作ったもの→まりを表すわけです。
「毬藻」(まりも)=阿寒湖の特別天然記念物であるまるい藻→阿寒湖のマリモ公式ホームページ
・「毬栗」(いがぐり)=毛糸の毬から毛が飛び出たりしているのをイガに見立てた。(緑のいがぐりはマリモにもよく似ています)
毬藻も毬栗も、中にあるものを全方位から守る形をしていますね。
「心」にピタリと寄り添い守る「球」―国常立神と瀬織津姫そのものじゃないですか。
しかも、求の部首は「下水」―水(水神)が下から支えています。
その球を色彩な毛糸でわざわざ作って毬にした―毬って瀬織津姫を表していますね。
小手毬の花も雄蕊が毛羽立っていて、毬藻や毬栗に似ています。

●蹴鞠
奈良期ごろに中国から蹴鞠が伝来。
天地のバランスが崩れると旱魃になる。そこで天地のバランスを取る空中に物をとどめることで雨を降らせようという儀式から始まったのが蹴鞠だそう。
これは、空中の粒子に水分子がくっつき、やがて雨になって落ちてくるというメカニズムを理解していたのかもしれませんね~。なので、蹴鞠はなるべく長く空中にとどめ続けることができたチームが勝ちです。
この儀式に使われる玉は馬と鹿の皮で作られていたので、「鞠」という字が使われています。
「匊」は、両手で穀物を抱え込んでいる象形。
「革」は、皮をはいだ動物の象形。
→両手で持つくらいの皮で作られた丸い物→“まり”になったようです。
ここで押さえておくことは、鞠自体が雨=水玉=水神と関わっているということです。
●手毬
平安期に入ると、男性が足で蹴り上げる蹴鞠に習って、女性が手でつく遊びが流行り始めました。このマリの大きさが片手の平に乗る大きさなので「手毬」となったようです。
江戸時代には「手毬」が新年の季語になっていますから、かなり流行ったということでしょう。
が、明治になるとゴム毬が入ってきて、手毬は急速に廃れていきました。
「大手毬小手毬手毬ほろぶとも」(矢島渚男)

●蹴鞠と手毬
天にあげる蹴鞠と
地につける手毬
面白いね~♪
下り龍を昇らせ
昇り龍を下らせる
男女が協力することで循環していますね~。

「手毬つく手首天地へ上下せり」(鳥居真里子)
●手毬唄
手毬が瀬織津姫と知れば、手毬唄について書きたきこと山あれど、またいずれ・・・

